Star System Scramble

スタァライトや𝒉𝒂𝒓𝕞𝕠𝕖や感情置き場です

【スタァライトアドカレ2025】この世界で囁かれる「実質スタァライト」という言葉について考察してみる回(あるいは、自分が捉えている「スタァライトらしさ」の輪郭について)

ごあいさつ

 こんにちは!

 スタァライトアドカレ2025トップバッターを務めさせていただきます、主催してるめのフェです。一昨年勢いで始めたアドカレももう3年目らしい。遙かなる〜。

adventar.org

 今年もたくさんのスタァライトにまつわる記事を読むことができそうでとても嬉しいです & ご参加ありがとうございます!

 まだ登録可能!9とか24とか、時間あって書きやすいと思うのでおススメです!

 そんな中で、いきなり私の主観に寄った記事が1番手になっております、こういう語りでも全然良いよって感じの間口を広げていくつもりでいきます、それではよろしくお願いします。

0.「実質スタァライト」とは

 「実質スタァライト」。この言葉を聞いて皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。

 今年の11/8に開催された第三回スタァライト学会にて頻出したワードですが、それ以前からチラホラと旧Twitterで呟かれています。簡単に言うと、各々が「スタァライトのようなものだと認識した」「スタァライトっぽい」「スタァライトらしさを感じる」ものに対して言及するときに「これって実質スタァライトじゃない?」という形で使用されています。

 学会中にはスライド発表にて王生らてぃさんによる「OVER THE 実質スタァライト論」、えのさんによる「実質スタァライトを分析する」にて使用されていた他、ディスカッションにおいては「スタァライトファンにおすすめしたい/読解の助けになった作品」というお題もあり、頻繁に「実質スタァライトなのでおすすめです」という言葉が飛び交っていた印象。

 例えばこの絵も実質スタァライトなのかもしれない。

 

 また、続けて11/21に行われていたスタァライト学会の施策の一つである「キリン寄合 - スタァライトファンにおすすめしたい作品」においても、参加者であるさぼてんぐさん、才野真琴さんによって「自分にとっての基準となる(あるいはそこを揺るがせてくれた)コンテンツ」を「実質○○」と称する場合があると語られています。*1

 

 そのあたりをいろいろインプットしたので、自分も自分にとっては何が「実質スタァライト」なのかを一回ちゃんと考えて分析してみることにしました。

 自分の思う「実質」と、他人の思う「実質」のズレ、そこには人によってそれぞれ感じているだろう「何がスタァライト、及びスタァライト扱いされるコンテンツの核心なのか」に対する思想が現れるはずで、言葉にしてみる価値のある面白い題材だと思って今回の記事を書いています。

 

1.今回考察の対象にしたい「スタァライトの実」の話

 今回は、この世界に存在するコンテンツとしての「少女☆歌劇 レヴュースタァライト」が持つ性質についての話 = えのさん寄りの話をしていこうと思います。(作中における「戯曲スタァライト」がどういう演目なのかの考察は、王生さんはじめ他の方々に任せます)

 そして、本記事では「実質」に取る対象として、「TVシリーズ - ロロロ - 劇場版」のアニメーション軸の作品群をメインとして考えます。

 「少女☆歌劇 レヴュースタァライト」というコンテンツそのものは、二層展開式を特徴として打ち出しており、その両方の中心にキャストがいるコンテンツです。所謂「ラブライブ」「アイドルマスター」のような、ボイス&ライブでのキャラクターとして振る舞いのみにとどまらず、舞台作品でもキャラクターを演じていることが特徴。そのためスタァライトの演者が他作品に出演している場合は特に「実質」という言葉が使用されていることがあります。(最も顕著なのがD4DJのPhoton Maidenとか)

 ただ、そこは今回考察したい主題ではないので割愛させていただきます。

 また、学会ではアニメシリーズと舞台シリーズの脚本・描いている思想の違いみたいなところの話もあってすごく面白かったんですが、「実質」扱いされる部分とはちょっと遠そうなので、こちらも今回は置いておくこととします(これはこれでめちゃ面白い話だったのでまたまとめたいかも)

 

 前置きも済んだところで、まずはじめに、「実質」とはどういう意味を持つ言葉なのか改めて定義を確認してみました。

www.weblio.jp

- 実際に備わっている性質や内容

- 対義語として「形式」「名目」などが挙げられている

 

 つまり、コンテンツの持つ性質が似ているから「実質」という言葉が使われている?のでしょうか。ではスタァライト(アニメーション)の持つ性質、「スタァライトらしさ」とはなんなのか。さらに私なりに深掘りしていきます。

 

2.「スタァライトらしさ」とは何か

その1:特徴的なモチーフ

舞台演劇、歌劇(宝塚)、女学生、バトル(決闘)、スタァ(星)、東京タワー(塔)、キリン、ループ、砂漠、列車、トマト、etc…

- しかしこの部分、「それがあるから」という単純な箇条書きマジックでも言えてしまえる、連想ゲームではないでしょうか……?

→「実質スタァライト」と呼ばれるものの実体の一部は「形式スタァライト(という謎の新語と概念)なのかも。

- さっきの絵も形式スタァライト(トマト、キリン)

- また、「演劇がモチーフになっている」などの作品世界そのものが類似した案件は、それだけで実質スタァライトとも言えてしまえる反面、「型」が似てたいらそれはある程度は似るよねという当然の帰結になりがち

- 個人的な意見として、「その要素がある」ことではなく、「その要素がどのように物語の流れに根差しているか」の方に重点を置きたい!

 

その2:物語の持つ精神的な部分

- いよいよ主観部分が大きくなってきます

- 自分が「スタァライトらしさ」だと思っている作劇の輪郭をできるだけ書きだしてみました

- あるいはスタァライトのプロジェクトにおける古川知宏/樋口達人座組から感じる要素

 

1.アタシ再生産

舞台少女は日々進化中:日々生まれ変わり、新たな自分でい続けるという哲学

・〝変化を求め続ける〟〝進化し続ける〟ことに焦点を置いている

「レヴューによる関係性の再構築」TVシリーズ終盤のスタァライトの翻訳、再解釈」という営み

・「再演」「眩しい」:過去の出来事への執着、上記との対比

・劇場版ではさらにその要素が強まり、皆殺しのレヴューや「私たちはもう舞台の上」というコピーで、いつでも舞台に立ち続けている存在であるという覚悟・摂理が描かれる

 

2.「舞台」「ポジションゼロ」のような、何か一つの物事を追求する精神性

・「普通の喜び、女の子の楽しみ、全てを焼き尽くし、遙かなキラめきを目指す、それが舞台少女」*2

・主人公はそれにプラスで「運命」「約束」に執着する少女→スタァライトの追求

・作品世界を通底して「舞台に立ち続ける」「ポジションゼロに立つ」ことが絶対の目標として定義されている(※そうでないキャラクターもいるにせよ前提の共有はされている)

・各々が上記の精神を持ちながら、高み=ポジションゼロ/トップスタァを目指して競い合っている状態

・題材が「演劇」なので実際は単に頂点を目指すだけではないものの、「レヴュー」という形で疑似的に勝敗が付けられる

 

3.「二人の関係性」にフォーカスしている作劇

・とかく「二人」がどうなるのかが徹底されている

・運命、ライバル、親友、腐れ縁、執着するに値する様々な関係性

他者に向けられる巨大な感情があること

・物語の動機としてのTVシリーズにおける「二人でスタァライトする」の追求

・それをレヴューで互いにぶつけあうことによる関係性の変化や再認識

 

4.映像の華やかさ、表現方法

これまで書いてきた作劇の過程で人が放つ輝き=キラめきを描くこと

・「レヴュー」によって現実では起こりえないことも起こる、超越した表現

・レヴュー曲とフィルムスコアリングという型によって、アニメーションの髄を尽くして表現される舞台少女の魂、舞台芸術のイマジネーションをアニメーションで表現する試み

・現実のキャストにも強くリフレクションする要素

 

5.湿っぽくない、見て元気になれる

・めちゃくちゃ個人的なスタァライトらしさの要素、正のパワーに溢れているところ

・もちろんちゃんと想いの重さとかはあるんですが、それを引きずりすぎないというか、レヴューというぶつけ合う場があることによる開けっぴろげな部分が良いです

・執着することだけでなく、執着から解き放たれることも描いており、その両方が前に進む力

・「スタァライトはヤンキー漫画」by 古川知宏の部分

 

6.世界を動かすのは「舞台少女の熱量」であること

・3とも関連しますが、「学園」という閉じられた世界における「9人の舞台少女」以外は基本的に全て些事であり、ある意味非常に閉じた世界の話をしている

・基本的に「大人」は陰にいて、必要最低限にしか出てこない なんなら先輩とかも出てこない(宝塚モチーフなのに)

・舞台少女にできないことはない、何故なら舞台少女が立っている場所は舞台だから、というあまりにも割り切った世界の作り方

・これ結構エッジの効いた部分なのかもと思いました ある種のセカイ系

 

 ここが今回の「実質」の肝であり、そして人によって「これもあるんじゃない?」もしくは「これは違うのでは?」とも感じる部分だと思います。こういう要素をスタァライトの実の部分として美味しい!美味しい!と食べていますという表明ですね。これを読んでくれている人の分もぜひお聞きしたいところです。

 (自分が疎いのもあり)作劇における理論や評論系から来そうな話は、全然わかれていないです!逆にそういうところへのアクセス口として学会を見に行っている節もあります。

 気を取り直して、次に進みます。具体的に「自分的にはこういうとこがスタァライトっぽいかも」と思ったものを挙げていくコーナー。

 

3.上記を鑑みたときに他作品で特に「スタァライトらしさ」を備えている(気がする)もの

 あんまりネタバレ的な話をするのも良くないので、軽いあらすじと、先ほどまで挙げた1~4の要素のうちどれが含まれてそうかをサクッと書いていきます。

3.1 これはスタァライトじゃないか?

・メダリスト(漫画)

スケートという、表現も採点に含まれる競技で、最強のライバルと競い合います。個別で読め!記事を書くぐらいには好きです。1の再生産しつづけること、2の頂点を目指す精神性、3の関係性、4の華やかさ、5の元気になれる、ほぼ全部あると思っている

 ただし、スタァライトには無くてメダリストにはある要素として、「大人」の存在はあまりにも大きいです。メダリスト、主人公のいのりさんがコーチの司先生と二人三脚で金メダリストを目指すのがまず一つ目の絶対条件で、その先で最強のライバル神嵜光と出会い競い合う物語なので……。

humandistortion.hatenablog.com

 

RRR(映画)

 二人の男が出会い、歌って踊って奪い合い、互いを認め合い最強のタッグになる。この作品、かなり話題になったので〝ご存じ〟だと思いますがレヴューパートがたくさんある(ある)のが濃度が濃すぎる。いや、それ言ったらミュージカル映画ってだいたいそうじゃんとはなるのですが、二人が同じ志を持っている上で、2人の関係性にフォーカスし続けている作劇は、2,3の要素を満たしており。4の要素も、リアリティラインの動かし方が上手いというか、立場や抑圧してくるものに苦しめられるんですが、それを乗り越えたときあらゆることがやれちゃうんですよね、二人なら。「そうはならんやろ」を「なっとるやろがい」に持っていくだけのパワーがある。

 

3.2 実質スタァライトと言われている気がするけど個人的にはそうでもなかったもの

・トラペジウム

感想

 トラペジウム、東ゆうが一人でアイドルに向かって爆走したがっている中で失敗したけどその中で手に入れたものもあったんだぜ!という話なので、実は「アイドル(スタァライトでいう舞台)の追求」ぐらいしか要素的にはない気がしている。まああと前向きにもなれる……か?すごく面白い映画ではあります。

 

・機動戦士Gundam 水星の魔女 / 機動戦士Gundam GQuuuuuuX

 えのさんのワードクラウドで大きめに出てたので言及しておきます、しっかり分析してスタァライトだと思ってる人がいたら申し訳ないんですが、ごめん!形式スタァライトだよこいつらは!女学校とかトマトとか決闘とか!見てる母数が多いだけだと思ってます。

 ストレートに、ガンダムという作品が「政治」とか「大人」をガンガンに入れていくのが持ち味のうま味なとこあるので、それって全然スタァライトじゃないかな〜と。というか水星の魔女は形式から来る要素は感じられるんですが、GQuuuuuuXは本当にどういうことなんだろ……?要素として何かありましたっけ、教えてください。

 

3.3 評価が難しかったもの

リズと青い鳥

感想

 音楽という表現の世界における二人の女学生の感情が主題です。3の要素が強すぎる。正直これは人によって評価全然違うと思います、後ろ向きな執着と諦めの話だと思っているので本当に真逆なんですけど、スタァライトだったという人の気持ちもわかるところあるんですよね。定義からすると明らかにスタァライトじゃないはずなのに、実はこれもスタァライトなんじゃないかと思わせられてしまう何かがある作品でした。

 

3.4 スタァライトと距離が近すぎるのでとりあえず見といた方がいいもの

新世紀エヴァンゲリオンTVシリーズ、旧劇)

 監督が一番影響受けてるアニメに挙げてるので。実際に観ておいた方が良いです。

少女革命ウテナ

 監督の師匠の大作。実は当時直接見てたとかではないみたいなのですが、流石に似通っている部分が多すぎています。

 

3.5 逆にスタァライトを見る前から履修していて「これって○○なのかな~」と思ったもの(結論はそうじゃなかった)

魔法少女まどか☆マギカ

 9話あたりまでの物語の構造の部分(謎を秘めた転校生、ループする世界)で特にそう思っていたところがありましたが、精神性部分がどうこうは全然違いますね。女女巨大感情作品ではあるんですけれど、世界のシステムとかそっちらへんの話なので。スタァライトはずっと舞台少女が望めばなんだってできるので、真逆。

仮面ライダー龍騎

 そもそもまどマギと似ていると擦られていたところもあったのでさもありなんですが、上にはない直接的なバトルロイヤル要素に加え、やはり赤い主人公が頑張っていたり白の白鳥モチーフキャラが出てきたりする中で、金色の二刀流がタイムベントしていることが明らかになった直後の、青いもう一人の主人公がサバイブするシーン(※全部違います)の最大瞬間風速がすごい!細かすぎる形式スタァライトの究極系みたいな似方してます。

 ただ、それぞれが全く別の目的を持った群像劇なので、実質ではないなと思いました(正気に戻る)。

 

3.6 まだ見れていないけどスタァライトだと噂されており見ないとと思っているもの

STAR DRIVER 輝きのタクト

・KING OF PRISM

宇宙よりも遠い場所

アイカツ!

・アキバ冥途戦争

ゾンビランドサガ

 

 いかがでしょうか。基本的にアニメの繋がりで、これまで触れてきたものやこれから触れてみたいものを選出してみています。他にも私がスタァライトらしいと思っているところに刺さりそうな作品があったら教えを乞いたいです、リプでも引用でも直接でも募集してます、よろしくお願いします。

 

4.スタァライトしか持ち得ない「スタァライトらしさ」とは何か?

・仮説:3に紐づく「レヴュー曲の構成」なのではないか?

スタァライトにソロ曲は(2曲*3を除いて)存在しない

キャラクター一人一人の在り方以上に、「二人」の世界、その関係性の変化によって物語が構成されることに一番の重きを置いているのが、アニメーションのスタァライトが一番大切にしている部分なのではないかと考えた次第

スタァライトよりももっとアイドル的な歌唱に寄っているコンテンツはユニットorソロが基本のイメージがあり、複数人いつつもその中でペアをやり続けているものはパッと思い浮かばない(見識はめちゃくちゃ狭いので、あったらぜひ教えてください!検証します)

(正当後継だと勝手に思っている)harmoeもそういうところがあるかも

 

あとがき

 ここまで「実質スタァライト」という言葉について考えてきましたが、突然ですが私はこの言葉が嫌い寄りです(突然尖るじゃん)。より正確に言うなら「実質○○」という言い回し全般が好きではない。自分がこれまで触れてきた好きなコンテンツによって全く別のコンテンツを丸め、取り込み、表現しようとするというのは、どちらに対しても失礼な行為な気がするからです。自分が何か作った時に「これ○○に似てる」と言われて良い気持ちがしますか?という話とほとんど一緒だと思っています*4

 

 しかし、人は物語に触れるとき、どうしても自分の知っている部分から結び付けて思考を拡げていかざるを得ない部分があるのもまた事実だと思っています。絶対評価をするための土台には、前段に必ずその基準となる相対評価が必要で。全く未知の分野に広がる世界をありのままに受け止めるというのは、なかなかやろうと思ってできることではない。人の感性というのはそれまでの積み重なりで形作られるものであり、その中で興味が向く要素が重なって刺さったことに対して、「これは私の好きな○○という要素を強く保持している!」という意味合いで「実質」という言葉が選ばれることは、考え方を変えれば別に悪いものではないはずです。

 

 今回他の方々の考察やおすすめコンテンツも覗き見つつ私の思う「実質スタァライト」の話をさせていただきましたが、皆さんもスタァライトの「実」が何なのかを心の裡で反芻しつつ、楽しんでこの記事を読んでいただけていると良いなと思います。

 

 以上、文責はめのフェでした!

 ところで現在時刻は12/1の23:30なんですが、今カレンダー再確認したら2日目にtomoさんが「舞台創造科、ドラフト会議をしてスタァライトかるたを作る」というアドカレを入れてくださっていました!めちゃくちゃ感謝です!!スタァライトかるた、北海道の大学で作られたのは知ってるんですが多分別のやつっぽいですね!!!楽しみ!!!

*1:普通にここに参加して話した内容をまとめられれば良かったと思うんですが、思いっきり風邪ひいて喉をやられた上に熱まで出して寝ていたので、後から録音を聞いて抽出しています、めっちゃ参加したかった話してた~

*2:(少女☆歌劇レヴュースタァライト第一話 「舞台少女」より)

*3:(Fly Me to the Star まひるver.とwi(l)d-screen baroque、ただし前者はバージョン違い、後者はレヴュー自体は1vs.6の曲なので、実質0曲と言って差し支えないと思われる)

*4:これにインスパイアされましたとか精神的続編ですとかいうときはいったん置いておいて